シンデレラリバティー第三回公演 『走りくる女』  作・演出 江野澤雄一 全5幕 登場人物                    男1(ミノル)    加藤諒 男2(ヒロフミ)   内海正孝 男3(坂本)     河内耕二 女1(アリドネレ)  米田沙織 女2(ハルコ)    松田千尋 女3(由美)     森下なる美 女4(阿倍マリア)  緑川史絵 女5(ヨシコ)    澤田春香                                              計8人 時 1959年(昭和34年) 9月25日から同27日にかけての三日間 場所 島根県鳥取砂丘 難破船内 [本編] ○客入れ○ [山口百恵、「不死鳥伝説」]が流れている。 舞台薄暗い。 難破船の船内である。 床がゆるやかに客席に向けて傾いている。 床にはこれから舞台が進行していくなかで組み立てられていくパネルが放置されている。 女3、いる。 ふらふらと歩き回ったり、横になる。 男1と女2、来る。 汽笛の音。 三人、去る。 ○1○ 1959年(昭和34年)9月25日、夜。 遠くから近づいてくる足音。 明かりがつくと女1がいる。 船内には横になった女5。 女1、船内に来る。 女5、眠ったまま。 女1 (女5を起こそうとして)ねえ、あなた。 男1、来る。 男1 あんた、新入り? 女1 (女5を庇うように立ち)私、砂漠を走ってきたの。 男1 駱駝に乗りに来たんならもっと町の方だよ。 女1 走って走って・・・。もう疲れたわ。とにかく走り通しだった。地球を何周もし    た気分よ。 男1 仲間に入りに来たのか? 女1 仲間? 男1 走ることに理由はあるのか? 女1 走るしかなかったのよ。理由なんて・・・。 男1 そいつ寝てるのか? 女1 あなた、誰なの? 男1 ここには入るなっていってるのに。 女1 来ないで。あなたからは不幸な匂いがする。潮の匂いも・・・。 男1 浜辺を散歩していたんだ。今夜は月が綺麗だから。・・・あんた失礼だな。 女1 浜辺・・・。私は砂漠を走ってきたのよ。海なんてなかった。 男1 ここは海の近くの砂丘だよ。 女1 砂丘? 男1 潮の香りがするだろ・・・。名前はなんて言うんだ? 女1 アリドネレ。 男1 ・・・どっから来たの? 女1 砂漠の向こう。 男1 あんたどこでここのことを知ったんだ? 女1 私、死んじゃったのかもしれない。 男1 はあ? 女1 死んだ人間は海に行くの。砂漠で死んだ人間は・・・。 男1 そういう態度は感心しないな。仲間に入りたいんだったら。 女1 なんのこと? 男1 ・・・死んだ人間は海に行くって誰が言ったんだ? 女1 海の底には死者の街があってみんながワルツを踊っている。 男1 それは嘘だよ。 女1 かもしれない・・・。ここはどこなの? 男3、来る。 男3 迷っちゃったよ。こんばんは。あなたも行くの? 女1 どこに? 男1 ここに迷い込んだらしいんだ。・・・走っていて。 男3 迷子なの?俺も方向音痴でここに着けないんだ。見渡しても同じ風景ばかりだろ。寝てるの? 男1 ああ。 男3 疲れてるんだな。運ぶ物が多いから何度も往復して。街からここまで遠すぎるよ。 男1 それはお前が迷うからだぞ。 男3 今夜は犬がいて追っかけられたんだよ。大変だったんだから。 男1 野犬じゃないか。 男3 タロとジロと名付けた。 男1 飼う気じゃないだろうな。 男3 いざとなれば食えばいいんだ。 男1 犬を食うのかよ? 男3 食うんだよ、あっちでは。ハルコに会ってね。連れてきてもらった。 男1 来てるのか? 男3 水を届けに来てて。帰る途中でばったり。あ、そういえば人がいたな。 男1 え? 男3 遠くてよくわからなかったんだけど。なんだか紙みたいに薄い女だったな。近づいたらいなくなっちゃって。    これが落ちてたんだけど。 男1 なんだよ。 男3 マシュマロだな。 女1 あなたはここの人? 男3 神戸から来たんだ。お嬢さんはどこから来たの? 女1 (拝む) 男3 俺は坊主じゃないよ。船員。コックなんだ。 女1 じゃあいつでも船に乗れるのね。 男3 いまはやめたけどね。またすぐに乗るんだ。 男1 行けよ、飯作るんだろ。 男3 いいじゃないかちょっとぐらい。ガキの頃からずっと海の上だから陸酔いがするんだよ。    肺の病気になって船を降りたから目が悪くなったんだ。ずっと静養してたんだ。船を探してるところに声をかけられて。 女1 よかったわね。 男1 女の話をハルコにしたのか。 男3 忘れてた。後で話しとくよ。俺の村では男はみんな船に乗るんだよ。    俺が生まれた年に移民団の募集があってアルゼンチンやブラジルに行く奴がたくさんいた。コロンビアに行ったり。 女1 私、コロンビアから来たの。 男3 本当に?じゃあ、俺の親戚かもな。俺はサンフランシスコ航路だったから南米には行かなかったんだ。    サンフランシスコ航路は日本郵船の花形で宮様を乗せたこともある。給仕をしたら菊の御紋がはいったタバコをもらってね。    毎夜毎夜ダンスパーティーが開かれて。俺も踊ったなあ。    船は戦争にとられたんだけどその宮様のお口添えで内装をいじられなくてすんだんだ。 女1 私、船に乗ったことがないからよくわからないんだけれど、あなたは船乗りなのに戦争に行ったの? 男3 徴用されてね。船が病院船になって南方に行ったんだ。シンガポール、フィリピン。    星が綺麗でねえ。シンガポールなんて本当にいいところなんだけど。 女1 行ってみたい。船に乗って。 男3 その時は俺が飯を作るよ。ああ、それじゃあ初めてだね。 女1 なにが? 男3 船に乗ることだよ。 女1 船なんかないじゃない。 男3 ここが船だよ。砂の中に埋もれていたらわからないか。俺は下にいるから。 男1 その女をまた見たら教えてくれ。 男3 わかった。    男3、[ザ・ピーナッツ、「情熱の花」]を歌いながら、去る。 男1 おしゃべりな奴だろ。昔は郵船でも腕のいい司厨だったんだ。食べるほうじゃない、船ではコックをそういうんだ。 女1 私、船に乗ったの始めてよ。これが船なのね。 男1 ・・・あんたどうやって日本に来たんだ? 女1 走ってきたの。 男1 飛行機で来る奴や船で来る奴はいるけど、走ってきた奴は初めて見たね。コロンビアねえ。    ・・・これから台風が来る。あんたどうする? 女1 台風? 男1 史上最大級のがね・・・。人が住んでいる所までかなりあるが、あんたは地球の裏側から走ってきたらしいから行くのも簡単だろうな。   ・・・出ていったほうがいい。嵐が来る前に。 女1 この船はなんで砂漠にあるの? 男1 漂っているうちに浜辺にたどり着いた難破船をここまで引っ張ったんだ。 女1 わざわざ? 男1 浜辺に置いとくわけにはいかないだろ。      女5、起きてふらふらと行こうとする。 男1 おい。    女5、無反応に、去る。 女1 あの子、しゃべれないの? 男1 愛想がないんだ。いつも寝てばかりいる。 女1 そう・・・。漂着したときに乗っていた人たちはどうなったの?あなたがそうなの? 男1 俺は違うよ。女の子が一人だけ助かった。・・・他にも何人かいたらしいんだ。だけど残ったのはその子だけ。 女1 いまの子? 男1 違うよ。 女1 その子はいまどこにいるの? 男1 ここにいるよ。 女1 会いたい。 男1 なんで。 女1 砂漠で死んだ人間は海に行く。そのことを確かめたくて。 男1 死んだら天国か地獄に行くんだよ。だいたいその子は死んでない。 女1 この船はその子の物なの? 男1 いまは俺の物だ。 女1 なぜ? 男1 譲り受けたんだ。俺が。 女1 その子になにかいいことをしたの? 男1 アメリカに連れて行くんだ。あんた、今晩だけならここにいてもいいぜ。 女1 本当に? 男1 今晩だけだ。明後日にはこの船は俺のものじゃなくなるからな。 女1 わかったわ。私、疲れちゃった・・・。 男1 眠るといい。じきに嵐がやってくるんだから。    ゆっくりと暗転していく。 男1、去る。    明かりが女1に集まる。        舞台後方に女4がいる。    女4は双眼鏡を持ち客席の方を見ている。        [リムスキー・コルサコフ、「フェラザード」]が流れる。